5/3 いつか動くかもしれない

昨日は両親が新居まで来てくれたのでお昼を食べたり買い物に出かけたりした。弟が進級できずに2度目の留年をした報告をされたのだけど、その話を通して両親と分かり合えないことが多いな、と実感した。両親はあんまり深く考えるタイプではないので、私の言ってることがよくわからないらしい。留年2回もするって結構やばいことだと思うんだけど(ほかにもいろんなことを起こしている)、両親にはそれが分からない。私は弟の報告をされる度に気分が落ち込む。夢見も悪くなる。ご飯を食べてるときに報告をだらだらとされたのだけど(経緯とか)、食べてるグラタンの味もわからなくなった。でも私がそんな風になることが分からないらしい。メンタル鋼やな。退学届を取りにいけ、と言ったけど弟は足がすくんで行けなかったというエピソードを聞いたあとだったから、こんな風に味が分からなくなった私のことも、足がすくんでしまう弟のことも、この人たちはわからないんだろうなと思った。弟よ、お前も大変だな。

 

両親には散々キレたけど、分かり合えないな、という気持ちだけが残ってるけど、父親には悪い話ばかり聞いてるから弟には悪いイメージしかなくて重くてつらいことはわかってもらえたし、母親には家を出た5年の間に考えが変わって成長した、家にいたら「いいよ」しか言わなかった私はもういない、ということはわかったらしい。もう少し丁寧に人の話を聞く力ができればいいのにな、と思う。両親と話したエピソードをあれこれ書いていたのだけど、とにかくむかつくことしかなかったので省略。(でも機会があれば誰か聞いてほしい)そんなエピソード並べても疲れるだけだから!(ほんとはだいぶ傷ついてるからうまく言葉にできないだけ)分かり合えないなら分かり合えないでオッケーだけど、(できるだけ)面と向かって否定はしない、はい生きていくために大事なこと~~~~。

 

弟のことと、両親と考えが合わないことは別問題のような繋がっているような、と思いながら、パパに今日の経緯を話した。パパはちゃんと話を聞いてくれるし、感情で否定しないのでありがたい。パパは「極論やけど、10年後に突然動くこともあるしな」と言った。いつかわからないけど、今は無理でも、いつかは動くかもしれない。根拠のない希望だけど、「いつか動くかもしれない」とか「いつか終わるかもしれない」ことは、頭の片隅に入れておくといいなあと思った。私は気が短いので、待つことも苦手だし早くしろよ!!!!!って思ってしまうタイプだから、もう少し待てればいいのかなあと思ったり、だけど気が短いことをうまく使える方法だってある気がする、と思いつつ。そういえば仕事の悩みも「動かないことを見守ることがいらいらする」だよなあ、なんて。10年後にちょろっと動いたらいっかあ、レベルで気持ちを持てるといいなあ。

 

「いつか終わる」は、大森靖子ちゃんの「TOKYO BLACK HOLE」の

 HELLO HATE

僕が死ねばいいと願った奴は

一人残らずいつか必ず死ぬだろう

忘れるさ

最初から希望とか歌っておけばよかったわ

 に似てる気がする!!と思ったけど「いつか」が同じなだけだったけど、でも「いつか」という希望はこんな感じなのかな、と思った。