コンクールのこと

かわいい服もキラキラしたメイクも何の役にも立たなくて、分厚い壁にただただ打ちひしがれてしまったし、自分が狭いところで生きていたことを痛感してしまった。終わった直後は肩の荷が下りてほっとしていたし、ごはんも最高に美味しかったけど、眠って朝起きてふと冷静になったら、そんな気持ちだった。コンクールなので、思っていた以上にめちゃくちゃ上手い人も多かったことや、自分はなんの賞ももらえなかったこと、緊張してたこと、要するに、相当悔しかった。見に来てくれていた友達や母親や家族、担当の先生の前で言えないしぜったい泣いたりなんてできないけど、悔しかった。そのことに気づいたのが次の日の夜です、ちょっとだけ泣いた。ふわふわしていたものがようやく地に足がつく感覚になったので、たぶん終わってからずっと心のどこかで思っていたことはこれだろう。自分がどう頑張れば賞がとれるくらいになるのかなんてちっともわからないし、そもそもそこに近いかすらもわからないけど。なんだか、とんでもなく果てしなくてゴールが見えない場所に、手を出してしまった気がしている。

 


当日、いやもう一週間くらい前から時間の進みがやたらと遅くて、仕事もすごく長く感じたし、ずっと疲れていた。荒んでる〜!!と周りから言われてたけど当たってる。荒んでいた。前日は朝4時に目が覚めてしまったし、当日も朝5時半に起きた。練習はもちろんしていたけど練習ばかりで時間が経っていくわけもなく、願掛けも兼ねてキッチンの排水口や洗面台やトイレの掃除に励んだ。結局予定していた時間の1時間くらい前に出発した。家でじっとしていられなかった。

見に来てくれる予定のママ友Yちゃんのほうが早くに着いていて(すごい)、一緒にホールに入り、Yちゃんたちは最前に座った。わたしは真ん中より少し前くらい。中学生の部が始まったので、しばらく見ていた。目の前で弾いてるひとは、ひとりひとりが曲を選ぶことからスタートして、今日まで向き合ってきたいろんなものを見せてもらっていて、形式的には審査員が審査をするけど、選ばれようが選ばれなかろうが、ひとつひとつが尊いものなんだよなあと思った。自分で向き合ってきたものを責任を持って自分で見届けている行為には何も代わりがなくて、その場所がたまたまコンクールなだけだ。

中学生でもかなり上手い子もいて、どんなレッスンを受けてきているんだ………???という感じだった。すげえ。

 


母親も途中から来て、スマホの日本語入力ができなくなったというのでそれを設定し直し、舞台袖で待っていた。私の前の何人かからずっと上手くて、ちょっとよくわからなくなっていた。私はというと最初の出だし忘れたらどうしようー!とずっと楽譜を見ていた。最初を間違えるともう次に続かない。舞台に立って、弾く前に最初にUSBからデータを読み込むという、毎日当たり前にやっていたことの手順ができなくなってしまって、やっぱり相当緊張していたらしい。結局出だしは間違えなかったけど、あと途中で間違えた。けど間違えてもぜったい取り返します!あははは〜〜〜と前日のレッスンで話していて、その通りになんとか取り返せた。ずっと気になっていたのは向日葵と百合が近くにあって、その匂いがしていたこと。配置はもう少し考えてほしい。

 


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終わって次の日にこんな文章を書いていたけど、2〜3日経ったらケロっとしていたし、そもそもコンサートホールでの発表会は10年ぶりの中、今まで断トツに難しい曲を選んで、仕事と家庭のこともしながら練習して、人前で弾けるくらいには形にできた、ということをもっと褒めるべきなのでは。ママ友Yちゃんが撮ってくれた動画を見たけど思っていたほどそんなに悪くなかったし。はなまるだよ。エレクトーンまた習いたいなあ…………ってぼんやり思ってた何年前かに比べたらずっと進歩してると思う。もちろん来年も出るし、10月にゆるめの発表会があるので早速曲も選んで練習をはじめた。昨日レッスンまた行って、本来の勉強に戻ったけど(即興とか)、強弱の付け方とか、明らかに今までと自分の中で違ってたし、たぶん思ってる以上に自分の力にはなってる。今までもこれからも積み重ねるしかない。